One Simple Fact

アップルと自己啓発本とクルマのことなど。

*

【スター・ウォーズ フォースの覚醒】公開前に思うこと

      2015/12/25

Pocket

sw

ゲリー・ジェンキンズ著。扶桑社刊。

2015年12月に、スターウォーズのエピソード7「フォースの覚醒」が公開予定です。3回に分けて予告編がアップされ、世界中のファンたちが公開を待ちかねて盛り上がっているところです。まさにお祭り前夜といったところですね。

1973年。スター・ウォーズの企画の売り込みを受けた映画会社のユナイテッド・アーティスツとユニバーサルは、2社ともこの企画を却下しました。ユニバーサルは「この種の映画はバクチのようなものだ」と切り捨てます。(もし、この時ルーカスの企画を採用していたら、大阪のUSJには、スター・ウォーズのアトラクションがあって連日大人気だったかもしれませんね)

3社めに、当時経営難で苦しんでいた20世紀フォックスが、制作部門の幹部アラン・ラッドJr.の後押しで、ルーカスの企画にようやくゴーを出します。撮影が開始され、制作が進んで行く間も、役員会はこの映画の成功に懐疑的でした。

アラン・ラッドJr.は、必死に役員会を説得し、ルーカスを守ります。アラン・ラッドJr.はルーカスとスター・ウォーズの成功を信じきっていたのです。この映画史上に残るSFシリーズの生みの親はジョージ・ルーカスですが、アラン・ラッドJr.がいなければ、「新たなる希望」は世に出なかったでしょう。

1976年の夏の終わり。制作がある程度進んだ「新たなる希望」の仮編集版が、社内の試写にかけられます。ここでも、関係者はピンとこなくて居眠りしてしまいます。

映画を公開する劇場のオーナーたちも、この映画の契約をためらい、封切り時に上映した映画館は、たったの40館でした。

1977年の5月の公開直前。20世紀フォックスの役員や映画界の大物たちといった関係者を集めて行われた試写会でも、「こんなものは若造の道楽だ」と批判の声が圧倒的でした。

根がネガティブなジョージ・ルーカスは、すっかり意気消沈し、ハリウッドでの自分のキャリアを台無しにしたと考えるようになりました。

「バカな映画を作ったものだ」と言って。

そして、運命の封切り日5月25日。ロスの映画館を観客が何重にも取り囲みます。爆発的なヒット。映画制作で消耗しきったルーカスと、妻のマーシャは、映画館の前の行列を見てへたりこんでしまいました。目の前の光景が信じられなかったからです。

映画界の神話ともいうべきこの映画は、身内である関係者たちの批判と無関心にさらされ、最後に大逆転を収めました。

他にもこのような例はたくさんあります。次回は、そのことについて書きたいと思います。

Pocket

 - 一般記事