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異次元の天才。本業は農夫。

      2015/11/05

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F1レースが好きです。現代のF1も好きですし、リアルタイムで観てはいない昔のF1も好きです。いつの時代でもモータースポーツの頂点はF1で、ドライバーもエンジニアも、純粋に最速を追求しているところがいいんですよ。

逆に、市販車を改造して行われるプロダクションカーレースには、それほど興味がありません。もちろん嫌いではないんですが、妥協の産物というか、中途半端な感じがするんですよね。

ゴードン・マーレイについて紹介しましたが、世界一を競い合うカテゴリーだけに、マーレイだけではなく、エンジニアにもドライバーにも常識外れの人物が現れます。僕は、そういうまともじゃない存在に惹かれるんですよね。

今回は、天才ドライバーの中でも特に印象的なドライバーを紹介します。ジム・クラークです。1960年からF1グランプリに参戦し、75戦25勝ポールポジション33回を記録します。ユニークなのは、2位が一度しかないことです。リタイヤしないでちゃんと走れば、ほぼ勝つみたいなレーサーだったんです。

でも、僕は記録そのものには興味がありません。勝率とか、生涯で獲得したポイントとかファステストラップの回数だとか。所詮数字ですからね。

僕は、F1ドライバーを3種類くらいに分けて考えています。

天性の才能でナチュラルに速い人:ジム・クラーク、ジェームズ・ハント、ジル・ビルヌーブ、ジャン・アレジ、ミカ・ハッキネン、キミ・ライコネンなど

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努力に努力を重ねて速さを身につけた努力型:グラハム・ヒル、ナイジェル・マンセル、リカルド・パトレーゼなど

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才能の上に努力を重ねている自己研鑽型:ニキ・ラウダ、アラン・プロスト、ミハエル・シューマッハ、アイルトン・セナ、セバスチャン・ベッテルなど

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最初のタイプは、とても才能に恵まれ、多くの場合とてもスムーズなドライビングをします。綺麗な走りと速いタイムが両立しているイメージです。

二番目のタイプは、苦労人が多いのが特徴です。いぶし銀の走りで、玄人好みですね。

最後は、尊敬されるワールドチャンピオンタイプです。自分なりの理論を持ってレースに臨み、自己管理をしっかりやって結果を残すドライバーです。

で、僕は最初のタイプが好きなんですよ。ナチュラルで綺麗な走りが見ていて好きというのもあるし、世界に何億人もいる中で、ほんのわずかしかなれないF1ドライバーという死ぬほど運転のうまい連中の中で、飛び抜けたセンスって何なんだ?みたいな。神様に車を速く走らせる才能を授けてもらった人間を見るのが楽しいんです。

ジム・クラークは、スコットランドで生まれ、家業は農場でした。彼はF1ドライバーは自分の一部分というか、ずっと農夫としての自分も意識していました。彼の墓碑には、最初に「農夫(FARMER)」と書いてあり、ワールドチャンピオンの記述は数行下に書かれています。

スコットランドの田舎で家業を手伝いながら、友だちと自動車レースに何度か参加した彼は、すぐにその能力を発揮し始めます。周りよりも1周3秒とかそれぐらい飛び抜けて速いんです。そしてクラークは友だちに尋ねたと言います。

「みんな、どこか悪いのかな?なぜあんなにゆっくり走っているんだろう?」

「みんなが遅いんじゃなくて、お前が速いんだ!」

その才能はすぐに見出され、クラークは世に出ていきます。場所はブランズハッチ。天才エンジニアのコーリン・チャップマンらが見守る前で、クラークはシングルシーターをドライブします。スムーズな走りに驚いたチャップマンは、クラークがシングルシーターに乗るのも、ブランズハッチを走るのも初めてと聞いて仰天します。

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クラークはとにかく車を走らせることが好きでした。フォーミュラカーだけでなくあらゆるジャンルの車でレースをしました。何に乗っても速かったので、ライバルたちはあきらめたように言いました。「奴はタイヤが4つついていれば誰よりも速いんだ」

クラークは、1960年からF1に参戦します。わずか3年後の1963年、クラークは圧倒的な速さでワールドチャンピオンを獲得します。チャップマンが用意した名車ロータス25とのコンビは無敵でした。10戦して7回のポールポジションと7回の優勝。特にすごいのはベルギーグランプリです。豪雨に見舞われたこのレースで、クラークは2位に5分の差をつけて優勝します。5分ですよ!ありえませんよ普通。

1年間を空けて、1965年。ロータス33に乗ったクラークは、二度目のチャンピオンに輝きます。

クラークの典型的な勝ちパターンというのは、こういうのです。

スタートから数周を、猛烈なスピードで走る。後ろの車は追いつけない。

十分なギャップが築けたところでペースを落とす。後ろの車との差を保つ。

そのまま華麗な走りを続けてゴール。

当時の記事は、だいたいこんな表現で彼のレースを伝えています。

「いつものようにレースは、ジム・クラークのリードで始まった・・・」

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1965年のベルギーグランプリも、雨に見舞われました。1963年と同様に、伝説が生まれます。この年、のちにチャンピオンになるジャッキー・スチュワートがデビューします。いつものようにトップを走るクラークがペースを落とすと、スチュワートが食らいつきます。それを見たクラークはペースを上げてスチュワートを引き離し、トップチェッカーを受けます。

あとでクラークは、

「ジャッキーがすごい勢いで追いかけてきた。このまま自分が見えていたら彼は無理をする。彼は優秀なドライバーだから、危険な目に遭わないようにスピードを上げた」

どうしたらそんな風に異次元の走りができるのか、誰にもわかりませんでした。

そんな彼の最後は、謎に包まれています。スポンサーの関係もあって、F1ではなく一つ下のクラスに、クラークはエントリーします。場所はドイツのホッケンハイム。森の中のサーキットで、クラークはあまり好きなサーキットではありませんでした。

1968年4月7日。決勝の5周目。森の中に入っていったクラークは、もう戻ってきませんでした。駆けつけた人たちの目の前にあったのは、バラバラになったマシンの姿でした。クラークの乗ったマシンは、突然コースを外れ、木に激突したのです。

いろいろな原因が取りざたされましたが、今もなお事故原因はわかりません。多くのドライバーが最高のドライバーとして名前を挙げるジム・クラークの生涯は、こうして幕を閉じました。

世界最高のレーシングドライバーでありながら、仔牛や羊を飼い、ジャガイモを育てる農夫。ジム・クラークは記憶に残るドライバーなんです。

 

 

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